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犬伏雅一のHomepageへようこそ。

 

甘党日誌 -SWEETS MEMORY-

ちょっとおまけのコーナーです。
甘い物好きな私の取り留めもないスウィーツについてのメモです。
家系のせいか、糖尿病の気がありますが、そんなものはなんのその、ついつい甘い物に手を出してしまいます。
京阪神の庶民的な「甘処」から、デパ地下のスウィーツへ、ちょっと奮発して有名ホテルのアフタヌーン・ティーへと死ぬまでスウィーツとは縁が切れそうにありません。もちろん、縁を切りたくもありません。
研究活動や資料収集の合間、出かけた先々で疲れた心身を癒してくてるのが、スウィーツ!
時には、先にスウィーツを頬張ってから、図書館へといささか本末転倒気味のところもありますが、それはそれ、頭脳エンジン回転のエネルギーこそスウィーツなのです。



スコーンを始めた食べたのはいつか、まったく記憶がない。ただ、1980年代に日本のどこかで食べて、名前を憶えたに違いない。80年代半ば以降、92、93年あたりまで毎年アメリカに行っていたので、その時にも食べているはずだが、これも記憶が定かではない。おそらく、80年代半ばボストンにいたときには食べたのだろう。しかし記憶に残るほどの味ではなかっただろう。90年代半ばに初めてイギリスに行く機会があり、この時は、間違いなくロンドンでアフタヌーンティーをしたので食べた。この当たりからイメージが浮かび上がってくる。ロンドンのティールームでは、プレーンスコーンが2個にジャム、クリーム(Clotted cream)ついてくる。ナイフで円形のスコーンを二つにスライスして、凹凸のある切断面にまずクリームをたっぷり塗ってパクリ、そしてジャムで残りをぱくり、紅茶(with milk)をゆっくりと飲んで、思考を停止する。文字通り、プレーンスコーンをそのまま頬張るのもいい、甘味は欠損するが、しっとりぱらぱら感が悪くない。次は、クリームとジャムの重ね塗りで、またまた思考停止。
 円く型抜きするスコーンが標準タイプとすると、レイコック・アビ(Lacock Abbey)に通ずるレイコック村のカフェで食べたスコーンは型抜きしないピラミッド形状の手作り感あふれるタイプである。トールボット(Talbot)の居館であるレイコック・アビを、写真を取りながらくまなく見て回って足が痛みだし、休みたいと村をうろうろしてこのカフェに行き当たった。使い込んだ木のテーブル、木の長椅子にもたれかかって、食べる前に一枚写真をお願いした。この店はフルーツの練り込みなしのプレーンスコーン、ナイフで割って地元で収穫されたベリーから作られたジャムとたっぷりのクロッティド・クリームを順に塗ってミックスして元気回復。ジャムごとにスプーンが付いてくるおもてなし、間違えても日本人だけの文化などと思うべきではない。
 さて、イギリス南部の素朴なスコーンと日本のアフタヌーン・ティー(店舗名:Afternoon Tea)で味わえるスコーンとの比較であるが、生地捏ねでメイプルシロップが切り込まれ、焼き上げで微妙なダマが産まれているのが、後者のスコーン。焼きもパリッとした歯ごたえでローカライズされた歯ごたえと生地の堅さにブルーベリージャムとホイップクリームがしっくりとマッチして見事。片やレイコック村の本家?スコーンはふんわりやわらかで、スコーン科、レイコック属としての自立性ありの一品であった。20歳も半ばすぎて手を付けて語学の場合、持続的に当該言語の本を読んでいないと単語をどんどん忘れるが(悲しい)が、どうやら味覚という身体記憶はまさしく深く身体にきざまれて、立ち返ってくる。プルーストのマドレーン!




 Ispahanがどこで食べられるのか?
 大阪市内にもピエール・エルメの店舗はあるが、マカロンのイスパハンはあるものの、イスパファン御本尊はない。京都のリッツ・カールトンにピエール・エルメの店舗を発見した。
ところが、2014年は『韓国写真史』の翻訳作業・校閲に空き時間をすべて投入したので、美術館、ギャラリー回りもままならず、ましてスイーツを食べに京都に行く時間がなく、近隣の馴染みのスイーツを食べて歳が暮れた。2015年春に件の翻訳が完成、青弓社より出版となって、いざ京都へと思っていたのだが、仕事で動けない。芸術計画卒業生のトリノ在住の作家、櫻井伸也氏より「ギャラリー花いろ」の展示案内があり、祇園の「何必館」からも招待状をいただいていたので、これを機会にと京都に出かけた。あくまで作品を観ることがメインである。
まずは、何必館を訪ね、芳名帳に記名、芸大を2年前に退職された吉中先生が私の直前に来られていた。静謐な館内を一階より順次上階へと現代美術の古典的な平面作品を観る。
タクシーで鹿ケ谷へ。哲学の道を越えて、松虫鈴虫寺の異称ある安楽寺近傍に在廊中の櫻井氏を訪ねた。トレードマークの太目の黒縁丸眼鏡の同君と久しぶりに話す。哲学の道を戻って、鹿ケ谷を泉屋博古館に向かう。住友の青銅器のコレクションを見て、川端二条にある嘗ての藤田ホテル、現リッツカールトン京都へと向かった。寄る年波でここでもタクシー移動である。平安神宮裏を少し過ぎたところで信号待ち。タクシーの窓からYAMATOYAの看板が見えた。京大の学生の頃しばしば通ったジャズスポット、今も健在であった。70年代には京都市内にまだ市電が走っていて、大学へは市電を使って通ったのだが、午後の講義がないか、おそらくさぼって帰宅するときは、ぶらぶらと東大路を下って阪急河原町までよく歩いた。近衛通を西に入るときは、荒神口、府立医大の近くのシャンクレールとうジャズ喫茶に必ず寄り道。鴨川沿いにさらに下って川端二条で二条大橋を渡ると通りに面して北に藤田ホテルがあった。格式のありそうな、ちょっと学生の身分では入りがたい構えが記憶のどこかにある。
タクシーは、あっという間にリッツカールトンの車寄せにするりと入った。ベルボーイがドアを開け、フロントへ通じる敷石の通路があり、それと並行して同じほどの幅の水が流れてせせらぎを演出している。自動ドアを抜けて館内に入って奥にすすむが、目の前には漆黒の壁、はてと思う間もなく、すっと壁が動いて、ホテルのカフェルームが目に入った。ここで、イスパハンをいただくのだと悟って、カフェの入口へ。入って、左奥のテーブルに案内された。カフェのそこここには天井まで届く書棚がカフェを包むように配されているが、カフェの外が見える空間はしっかりと確保されていた。もちろん、紅茶(コーヒーは苦手である)とイスパハンを注文した。シンガポールの逞しきイスパハンと比べると華奢な風情である。エレガントである。こじんまりとまとまっている。それぞれの職人の個性であろう。ピエール・エルメは、ライチのつるりとした冷たい甘さがドミナントであった。そこにマカロンもフランボワーズも有機的に集中しているかに味わえた。イチゴショート通常版の二倍の値付けに異議なし。
イスパハンを堪能して二条通に出て、木屋町通を高瀬川に沿って河原町に向かった。
ああ、写真を見て回る時間を食べてしまった。




時差がきつくなってきたこともあり、近頃南北の経線に沿って移動する。このところ足繁く通うのはシンガポールである。インスタレーションアートのアジアでの展開がリサーチのテーマ。科研にもトライしたが、このところ採択は惜敗いや惨敗続きで私費でのリサーチ―本来研究とはそういうものなのであっさり納得しているが―敢行である。
シンガポール政府の文化政策のためか、この小さな島は、この地域のアートハブを目指して活気がある。この方面のことは別途語るとして、2014年春のシンガポール滞在では、ホテル・マリーナベイ・サンズに直結する巨大ショッピングモールをうろうろ見物していて、High Societyというカフェのケーキショーケースになにやらただならぬものを発見してしまった。やり過ごそうと思ったが、気が付いたら、すでにそのオープンカフェのふんわりとした両肘つきチェアーに落ち着いてしまっていた。
インド系のウエイター氏が置いたテーブルメニューを丁寧に捲って、その「ただならぬもの」が"Ispahan"という名であると知った。ペルシャ語の響きを纏ったバラの花弁を頂く大ぶりの華やかなマカロン。紅茶とともに登場したイスパハンは、普通のマカロンの倍ほどの直径、しかもそれをさくりと上下に割ってたっぷりとしたクリームのレイヤーの周りに大ぶりのフランボワーズが鏤められていて、瞬く間に口と脳が連動して、さくっとした、しかしねっとりとしたマカロンの歯ごたえの後の粒子の滑りとベリーの果汁がクリームと奏でるドルチェなハーモニーのイマージュが沸き立つ。
バラ色のマカロン生地はいささか堅固な歯ごたえであったが、口の中はイマージュのリアルで溢れた。もちろんレシピについてはごちょごちゃあるのだろうが、そのごちょごちゃを抹消し眼と味においてシンプルに解体し絶妙に再構築する!いやもう参った。ホテルに帰って検索、16世紀、17世紀にさかえたサファヴィー朝ペルシャの古都―Ispahan a ete capitale de l'empire perse sous la dynastie des Safavides entre le XVIe siecle et le XVIIIe siecle―バラの名前―バラの名前― 「イスパハンの薔薇」ルコント・ド・リール『悲劇詩集』:"Les Roses d’Ispahan" de Leconte de Lisle―、そしてピエール・エルメこそ、このケーキのレシピの本家らしきことが分かった。Ispahanとはフランボワーズ、バラ、ライチのマカロン菓子である。シンガポールのイスパハンのレシピその出所は不明だが、おそらくピエール・エルメであろうか:le gateau macaron framboise, rose, litchi de Pierre Herme



京都精華のマンガミユージアムで『バレエ・マンガ―永遠なる美しさ』(2013,0713 Sat.-0923 Mon.)を見た。図像的には『ソレイユ』の中原淳一のイマージュの系譜につながるバレイ・マンガのイマージュ、まさしく絵も言われる美しきバレリーナたち、展示空間には戦後の少女たちが耽溺したバレー物語の紡ぎ出す表象世界が溢れていた。例によってじっくり見る余裕がなくいささか後ろ髪をひかれつつ、烏丸御池の交差点をわたり、かつて教壇に立っていた三条通の河合塾京都校、平安博物館の前を通り、高倉通から、六角通に入って烏丸通に向かって阪急烏丸駅を目指した。展覧会を丁寧に見ると足にくるし、残暑のさなかで、抹茶ソフトの看板にひかれて入ったのが、ちきりや茶舗(中京区六角通東洞院東入)である。メニューをパラパラと思わず注文したのがフルーツトマトらしきものをトッピングした抹茶パフェである。大阪のせっかち人間にはいささか時間がかかった感ありで、やっとフルーツトマトが鎮座する抹茶パフェとご対面。まずは、トマトはおいておいてコアの抹茶と餡で疲れてほどけて、トマトを頬張るとミスマッチなのだが、パフェの公式:クリーム=フルーツの二項式の第三項にトマトがすっとおさまって、クリーム=フルーツ=トマトで解きがたい連立式が成立した。この後、パフェはおもいきり歯ごたえのある、つまり、パフェ上部の水気にびくともしない、文字通り硬派のフレークが詰まっていて、容器の底までバリバリと、軟よりトマト・ワープして、次に硬という不思議な事例列を楽しめたのである。





ソウルに出かけるとよく寄るのが韓国国立博物館(National Museum of Korea)である。市の中心から少し離れた漢江北に位置する。巨大な直方体を二つ並べて、天井部分に渡り板を置いた形状である。入場口から見て右側が常設展の建物で、左側が企画展に充てられる。常設展は入場無料である。この常設展が展開される建物の4階の東端に伝統茶房がある。平日に行くと二三卓に客の姿をみかけるだけであるが、夏休みに入って休日でもあり珍しく並ばされた。子供連れの家族が多かった。夏ということでかき氷と温かい柚子茶を頼んだ。柚子茶は今や日本でも当たり前の存在になっているので、かき氷について一言。
ちょっと堅苦しいが世代論的にいうと私の世代は多分、ミルク金時、とくに練乳たっぷりのミルク金時あるいは宇治金時が大好きのはずである。1950年代後半、子供のころ食べたいちごはまだ季節商品で、糖度も低く、練乳ないし砂糖をかけて食べるの一般的で、そのまま食べると大抵えらく酸っぱかった。いつ頃からかいちごはほぼ当たり外れなく甘くなったのだが、酸っぱいいちごが普通であった私たち世代はどうも練乳にひとかたならぬ思い入れができてしまったようだ。さて、韓国のかき氷であるが、期待どおり練乳がかかっていた。こちらと違ったのは、量の多さである。周りを見回すと、いっぱいのかき氷をシェアしているカップル、家族連れが多い。もう一つおどろいたのは、トッピングである。筆者の大好物であるパフェとなるとトッピングのレンジは大きく広がるが、フラッペならぬかき氷については、アイスクリームと餡子が基本であり、アイスクリームですら幼いころにはトッピングにはなかった。ところが、韓国のかき氷史は寡聞にしてつまびらかでないが、さまざまナッツが振りかけたあった。食感は当然ながら淡白な味のパフェと日本定番のかき氷のハイブリッド状となる。韓国のお茶には松の実などナッツが浮かんでいることが多いが、このあたりのナッツにたいする感覚がかき氷にも反映されているのであろうか。こうしたことが凝縮された一瞬脳裡をかすめたが、後はこのヴォリューム絶大のかき氷を食べるのに夢中になり最後の一滴まで満喫した。





千里中央はスウィーツ激戦区でしょう。梅田のデパ地下ほどではありませんが、おなじみのスウィーツブランドがメジロ押しです。そんななか、モノレールを降りてすぐの千里朝日阪急ビル2階にある❝果琳❞という喫茶店のケーキは質実剛健というか、ヴォリュームたっぷりで、素材がストレートに味に反映し、ケーキの生地も素朴ですが手抜きなしで本当に美味しい。暑さに向かう中、オレンジのケーキが最高。必要に応じてちょっと温めてサーブされるので、その微妙な温かさとオレンジスライスの甘味と酸味がしっとりとした生地に溶け込んで口中に広がると、少し元気になります。暑気は、ロイヤルミルクティーとのセットが定番の寄り道です。





2013年、春、シンガポールでの調査の合間に一休み、かねてチェックしておいたアフタヌーン・ティーへ。街中の地元志向のお店は別として物価の高いのが頭の痛いシンガポールです。美術館近くのレストランではミネラルウオーターに日本の数倍もの代金を払うことになり、うっかり入ったおしゃれなイタリアンレストランでは、スパゲッティにこれまた日本の3倍かかってしまいました。そんな中、マンダリンオリエンタルのアフタヌーンティーは、コストパフォーマンス最高でした。。









 2012年8月オーストリア・ウィーンに滞在しました。ウィーン分離派の調査が目的で、ウィットゲンシュタインの設計した建物とフロイトがロンドンに亡命するまでの住処も覗いて見ようと出かけましたが、やはりウィーンといえばかの有名なザッハートルテ(Sachertorte 女性名詞)は外せません。 本家Hotel Sacher とその分家といえるDemelの二か所が有名です。どちらで食べるか迷いましたが、クリムト展を見終わってまずは、ホテル・ザッハ―に直行!







Hotel Sacherでザッハー・トルテを食した後、Demelの味も知りたくなって後日王宮前のDemelのお店へ!
2階のカフェで紅茶とザッハー・トルテをいただきました。個人的にはHotel Sacherのトルテのほうが好みだと感じました。
Demelのカフェの内部は歴史を感じさせるような趣があり良かったのですが、ケーキの味はHotel Sacherに軍配有!という感じでしょうか。(あくまで個人の好みです、悪しからず)




 ウィーンに来たからには、シェーンブルン宮殿へ。
 2012年はクリムト年!街中至る所クリムトです。まずはベルヴェデーレ宮殿でクリムトを堪能してからシェーンブルン宮殿に行き一休み!
 欧米の方達は日射しの中で一服するのが好きですから、オープンカフェは人であふれていますが、カフェの中はお客さんもほとんどいません。クリムトを見疲れたところでの元気回復の一品です。








ドイツやオーストリアの夏の風物詩、アイスカフェ(Eiskaffee)。
冷たいコーヒーに甘味を抑えた生クリームたっぷり。
コーヒーが苦手な私もこのアイスカフェだけは大好き。たしか、映画『グランドホテル』のグランドホテルが面したベルリンのフリードリヒ大通りの露店でたまたま口にしたのが最初です。それ以来、ドイツやオーストリアに行った際には進んで注文しています。
乾燥しがちな夏にはホットとさせられる飲み物です。








 2012年夏、ロンドンのフォートナム&メイソンでのアフタヌーンティー。
ロンドンに初めて行ったのは1990年代の中頃ですが、当時のフォートナム&メイソンにはアフタヌーンティーはなかったと記憶しています。ロンドンオリンピックの喧騒を避けて8月下旬にロンドンに飛びました。Tate Britain、Tate Modernと展覧会の梯子をして期待に胸を膨らませて出かけましたが、期待が大きすぎたのかがっかりでした。朝を切り詰め、昼を切り詰め、奮発した身としては、一言いいたくなった次第。「有名店にうまい物なし」的中のブルーな午後でした。





2010年3月鹿児島。写真渡来にいち早く反応した薩摩藩。念願の薩摩の洋学研究とその実践の展示を見て、薩摩の殿様の別宅へ。桜島が一望できる仙巌園の両棒屋(ぢゃんぼや)のお餅。美味でした。








 2006年5月、ドイツ、フランクフルト(Frankfurt am Main)。
季節はちょうどSpargelzeit!! (Spargel=asparagusの旬)
フランクフルトの町の市場を歩くと白アスパラガスがいっぱい。レストランでも白いアスパラガスがメインディシュとなり、この時期ばかりは、立派なお肉がサイドとして添えられます。調理法がいたって単純、ホント自然のままのアスパラガスは美味しいです。





2005年12月フランスのレンヌ(Rennes)へ、写真展を見に行きました。TGVでモンパルナス駅から数時間、フランス西部の古都です。ヨーロッパの絵画主義的写真の展示を朝からじっくりと見て、レンヌ駅に向かってジャン・ジャンヴィエ通りぶらぶらと歩いていたとき、昼食ということで、本場のクレープをと飛び込んだクレープ(crêpe)の店―フランス語で、クレープリ(crêperie)―が、ラ・パロンテーズ(La parenthese)。定番、ハム、チーズ、卵のガレット(galette)を紅茶すすりながら平らげて、大満足。列車の時間が迫ってきてレンヌ駅へ大急ぎ。



2003年8月、ミュンヘン。
連日最高気温37℃というドイツらしからぬ猛暑でSadakichi Hartmannゆかりの地を回るのも、展覧会を見るのも大変。建物を一歩外に出ると、めまいがしそうな暑さ。当時早稲田の教授をされていた岩本先生がベルリンに講義で来られ、帰途ミュンヘンに寄られるとのことで落ち合いました。先生のホテルはクーラーのないタイプで大変とのことでしたが、幸い私はアメリカタイプのホテルに投宿していて難を免れた次第。せめて食事で元気づけ、といきたいのですが、ドイツではなかなかこれという美味しい物にでくわしません。そんな折うろうろ歩いていて見つけた少し洒落たレストラン。デザートが絶品。
アイスクリームが3玉(drei Kugeln)にベリーソースがとてもきれいでした!




 同じく2003年8月ミュンヘンの上記同レストランのもう一品のデザート。
 イチゴがたっぷりです!

勤務先

〒585―8555
大阪府南河内郡河南町東山469
大阪芸術大学芸術学部
芸術計画学科
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